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振り返る(1)
どうでもいいことですが、ちょっと今までの私のことを振り返ってみます。
とっても長いです。ただの自己満足(笑。

ほんとに紆余曲折の人生ですが、いつでも夢いっぱい!
不器用で計画性がないんだよね。。。

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小さいころは、ひとつ違いの姉の背中を、いつも金魚のフンのようにくっついて行動してました。保育園では、いつも姉妹でステージに上がり、歌謡ショーをみんなの前で披露していたそうな。小学校に上がると、そのワガママっぷりが出て、気に入らないと男の子もビンタして泣かせてしまうような悪い子でした。その後、引越しが重なり、だんだんと恥ずかしがり屋の面が強くなり、おとなしくなりました。

絵を描くのが保育園のころから好きで、小学校時代はリボンやなかよしで、ちびまるこやセーラームーンが流行っていたので、姉妹ふたりそろって漫画も描きました。確か漫画家になりたかったと思う。未だに残ってる私の処女作は「かよっピーマン」と言うタイトルで、セーラームーンのように私や姉、友達が変身して悪と戦う物語でした。ちなみにピーマンの妖精が出てくるのでした。
楽器の演奏や合唱も好きで、合唱団に入ったり、夢見がちな性格からか、演劇クラブにも入りました。初期のコンピューター・グラフィックスのひとつ、タートル・グラフィックスも夏休みに学びました。

中学校では勉強も部活も頑張るようになりますが、じわじわと天然だと人に言われるようになりました。その頃、声が変だとよくからかわれたのがコンプレックスになり、漫画や日本のアニメも好きだったので、いっそのこと声優になろうか!とも思ったほどです。でも現実的に家計を助けなくては、と思い、高校卒業後、すぐに就職できるように商業高校に行くことにしました。そう、母に「お金を稼げる職業は何か」と聞いたら「プログラマー?」と言われたので、まじでプログラマーになろうと思ったのです。

高校では資格の勉強をたくさんして、商業系の検定を受けまくり。情報処理の二種(基本情報処理)も2年生の時にとりました。2回目の挑戦でやっととれたので、泣きました。私のNever Give Up精神はここから始まる。おかげで初級シスアドは楽勝でした。日商簿記2級はとれなんだ…。その頃、ディズニーのダイナソーに参加していたCGアニメーターさんの講演を聴いて、その人のように海外で働きたくなる。一度社会に出て働いて、お金を貯めてからまた専門学校行って~と思っていたので、「すぐ働くならせめて」と母が私を英会話に通わせてくれることに。

しかし、3年生の夏、就職先を探しているところ、先生たちが「もったいないから大学へ行ったほうがいい」と大学進学を今更薦めてしまったために、私の人生思いもよらぬ方向に!海外で働くなら、大学を出たほうが有利だし、いろいろ見学に行くうちに、「確かに視野を広げたほうが良い」と思い、親を説得して大学進学することに…!母はすごいショック。
すべり止めを受ける余裕もなく、受験勉強始めたのが3年生の11月だったけど、通っていた英会話のおかげもあり、一般受験して合格。商業高校なので、普通の大学受けるだけでも一苦労。一般受験したのはクラスで私ひとり。受かったとき泣きました(笑。

大学はとっても忙しくて楽しくて行ってよかったなと思います。勉強・バイトかけもち・サークル・プロジェクトなどなど。CGもグループ制作してたけど、今思えば空回りしてた…とも思う。不器用でした。まだまだ考えも甘かった。成績優秀のごほうびのお金で、初海外旅行一人旅(オーストラリア)とSIGGRAPH(アメリカ)へも行けました。USCのお友達に会ったり、MITの石井先生に道端で一言二言お話しました(当時まだ誰か知らなかった・今はとても影響を受けています)。
就職活動は嫌いだったので順調ではありませんでしたが、結局マイペースにやって卒業直前にひとつのプロダクションに拾ってもらえることに。大殺界のしんどい4年生を終えて卒業!イタリア旅行!



そして、長すぎるので続く。Ciao!

つづき→振り返る(2)
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by kayochipe | 2010-10-02 01:03 | プロフィール
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